海のふた

よしもとばなな(中公文庫)
直島へのひとり旅のお供に選んだ一冊。

中高時代の友人と行ったイタリアへの卒業旅行にも持って行った本で、
内容はさっぱり覚えていないのに、あぁこの旅行に持って来てよかった、ぴったりの本だった、
とホテルのベッドの上で思ったことだけは覚えていた。

ふるさとの西伊豆に戻り、小さなかき氷の店を始めた主人公。
そこにやって来たのが、大切な祖母を亡くし、心身共に弱ってしまったはじめちゃん。
二人が過ごした、生涯に一度の夏の物語。

昔は、自然の描写というのが苦手だった。
時間による空の色の変化、季節で違う風の匂い、植物、山、海。
興味がなかったし、本の中に出てくるそれらを想像するための自分のストックが圧倒的に足りなかった。

でも今は。
そういった描写は欠かせないものと思っている。
想像することで、その世界に心を飛ばすことを助けてくれる。
自分にとっては、東京を出たことも大きいような気がしている。

この本を、目を上げればすぐに瀬戸内海が見える空間で読めたことは幸せでした。
名嘉睦稔さんの挿画もとても素晴らしく、この小説がより味わい深くなっているように感じます。

 ただ、いつのまにかあせっていた自分の状態には気づいた。
 毎日のことに追い立てられて、生涯に一回だけしかないこの夏を、予想がつくものであってほしいと思って、自分で自分を狭くしようとしていた。ほんとうは時間はみんな自分だけのためにあるのに、自分で型にはめようとしていた。
 いつだって、ここではないどこかへ行こうとしていた自分をたしなめるように店を始めたはずなのに、ここで起こってくることを受け止めて面白がり、味わうことを忘れかけていた。

▲a piece of cake 4u▽

ひと切れのケーキの力を信じて。 from広島